凍てついた風に頬を赤く染めながら、少年は細心の注意を払いながら森の中を歩いていた。
くすんだくせ毛の金髪は、風に吹かれるたびにふわふわと揺れている。昼だというのに薄暗い森の中は、少年にとって恐怖の対象でしかなかった。特に曲がりくねった木の枝は、まるで罪人が落とされるという地の底から伸びてきて、こちらに来いとでも言うように手招きをしているようにしか見えない。けれど、少年にはどうしてもこの森で手に入れなければならない物があるのだ。例え彼の命に代えてでも。しかしその固い決意に反して、彼の体は小刻みに震えていた。足を止めては駄目だ。森に住む魔に喰われる。いや、それ以前に……。恐怖に押しつぶされそうになりながら、大木の幹に寄りかかり、少年は大きい息をつく。かじかんだ手に白い息を吹きかけ、再び足を踏み出そうとする、その時だった。「こんなところで何をしてる? 早く戻らないと死ぬぞ」突然聞こえてきた耳慣れぬ男の声に少年は驚いて飛び上がり、その場にうずくまるようにして土下座する。そして、手に握りしめた草を頭上に掲げながら、森中に響くほどの大声で叫んだ。「ごめんなさい! 勝手に森へ入るのを禁じられているのは知ってます! けれど、どうしても母さんに薬草を……。せめておとがめは母さんにこれを飲ませてからに……」しばし沈黙が流れる。どうも様子がおかしい。おそるおそる少年は顔を上げる。次の瞬間、思わず彼は飛びすさっていた。見たこともない男……おそらくは先ほどの声の主が、ひざまずいて彼の顔を覗き込んでいたからである。「な……何ですかっ!? あなたは、一体!」大木の根元に腰を落としながら、少年は男に向かい叫ぶ。そして、その男の様子を注意深く観察した。毛羽立ったフード付きマントと生成(きな)り納屋にうずたかく積まれている藁に、テッドは所々穴の開いた布を被せようとしていた。 恩人の使う寝台を即席で作るためである。 なかなかうまくできないでいら立つ彼を見るなり、シエルは苦笑を浮かべた。「そんなに気を使うなよ。第一俺は勝手に押しかけて、お節介をしてるだけだし」「そうはいきません。シエル様は僕らの恩人ですから! シエル様がどうでもよくても、僕らはよくありません」 言いながらテッドは藁山と格闘を続ける。 やれやれと吐息をもらすと、シエルはすっかり埃をかぶった踏み台に腰を下ろし、転がっていた毛糸玉を抱き上げる。 必死に抵抗するその背をなでながら、シエルは何とはなしに口を開いた。「ところで、作物の出来はそんなに悪いのか?」 テッドの手がふと止まった。 ようやくシエルの手から逃れた毛糸玉は、一目散にその足元へと走る。 が、テッドは力なくうつむき、悲しげにこう言った。「たぶん、土が駄目になっているんだと思うんです。光も水も充分なはずなのに、ひょろひょろの茎しか生えてこなくて……」 せめて森の枯れ葉がもらえれば。 そう言って目を伏せるテッド。 手持ち無沙汰になったシエルは足を組み、膝の上に頬杖をついた。「……何だ。さっきの薬草といい、ずいぶん勉強してるんだな」 驚いたように言うシエルに、テッドは勢い良く首を左右に振る。「そんな……そんなことありません! 長老から少し聞いただけで、到底シエル様には及びません!」「俺は見ての通り落ちこぼれさ。この年で導士になれないのを見れば解るだろ?」 苦笑いを浮かべるシエルに、だがテッドは更に食い下がった。「そんな……。シエル様は母さんを助けてくれました。お城から出てこない神官に比べたら、ずっと…&hellip
テッドは枯れ枝を大切そうに暖炉にくべながら、毛布にくるまり青い顔をして震える母の姿を見つめていた。 彼の足元では真っ黒な猫が、呼び名そのままの毛糸玉のように丸まっている。 火がはぜると同時に、彼は弾かれたように立ち上がった。 その視線の先に深皿と木の椀を手にしたシエルがいた。 息を飲んで見つめるテッドの前で、シエル持ってきた深皿にデマムの粉を入れ水を注ぎ、匙(さじ)で丁寧に液体をかき回す。 みるみる暗褐色に変化した液体は、どう見てもおいしそうとは言えない。 思わず顔をしかめるテッドに、シエルはわずかに笑った。 「薬なんだから、多少は苦いさ。……俺がもっと真面目に修練していれば、癒やしの言葉ですぐに治すこともできるんだろうけど」 言いながらシエルは液体を木椀の中に注ぐ。 流れてきた青臭さに、テッドは吐き気を覚えて思わず口元をおさえた。 「すみません……あの……」 「生暖かくならないうちに。ぬるくなると、もっと不味くなる」 わかりました、とテッドは受け取る。 恐縮する母の背を支え、テッドはどろどろの液体を飲ませながら謎の神官に問うた。 「神官様は不真面目なんですか?」 一瞬、暖炉をかき回していたシエルの手が止まる。 怒鳴られる。 テッドは首をすくめたが、意外にも室内に響いたのは低い笑い声だった。 「神官様?」 「シエルで構わない。自分で言うのも何だけど、落ちこぼれの不良神官だからな」 「落ちこぼれ、ですか?」 その時、テッドの口を白く細い手がふさいだ。 他でもない、テッドの母である。 唇の色は未だに青いが、頬には心なしか血の気が戻っているようだった。 「失礼なことを言ってはいけません。先を急ぐ旅の途中に、わざわざ足を運んでくださったのだから……」 そして女性はテッドと同じ薄い水色の瞳を伏せ、頭を垂れる。 緩やかに波打つ柔らかな金髪が、光を振りま
凍てついた風に頬を赤く染めながら、少年は細心の注意を払いながら森の中を歩いていた。くすんだくせ毛の金髪は、風に吹かれるたびにふわふわと揺れている。昼だというのに薄暗い森の中は、少年にとって恐怖の対象でしかなかった。特に曲がりくねった木の枝は、まるで罪人が落とされるという地の底から伸びてきて、こちらに来いとでも言うように手招きをしているようにしか見えない。けれど、少年にはどうしてもこの森で手に入れなければならない物があるのだ。例え彼の命に代えてでも。しかしその固い決意に反して、彼の体は小刻みに震えていた。足を止めては駄目だ。森に住む魔に喰われる。いや、それ以前に……。恐怖に押しつぶされそうになりながら、大木の幹に寄りかかり、少年は大きい息をつく。かじかんだ手に白い息を吹きかけ、再び足を踏み出そうとする、その時だった。「こんなところで何をしてる? 早く戻らないと死ぬぞ」突然聞こえてきた耳慣れぬ男の声に少年は驚いて飛び上がり、その場にうずくまるようにして土下座する。そして、手に握りしめた草を頭上に掲げながら、森中に響くほどの大声で叫んだ。「ごめんなさい! 勝手に森へ入るのを禁じられているのは知ってます! けれど、どうしても母さんに薬草を……。せめておとがめは母さんにこれを飲ませてからに……」しばし沈黙が流れる。どうも様子がおかしい。おそるおそる少年は顔を上げる。次の瞬間、思わず彼は飛びすさっていた。見たこともない男……おそらくは先ほどの声の主が、ひざまずいて彼の顔を覗き込んでいたからである。「な……何ですかっ!? あなたは、一体!」大木の根元に腰を落としながら、少年は男に向かい叫ぶ。そして、その男の様子を注意深く観察した。毛羽立ったフード付きマントと生成(きな)り
彼は迷っていた。 今夜はこのままこの付近で進むのをやめ、野宿をするか。 もしくは無理をしてでも夜通し歩いて次の町へと向かったほうが良いか。 折しも季節は初冬。 先程から降り始めた細かい雨が氷混じりになるのは、もはや時間の問題と言っても良いだろう。 日はまだようやく傾いた頃。 今から急いで歩けば、彼の足ならば日没までに次の町もしくは村といった宿がある場所にたどり着けるだろう。 ただし、それはこのまま天候が荒れなければという仮定の話であって、これ以上に風雨が強くなった場合はその限りではない。 神官の中には、風や雲の動きから天候の変化を読み解くことができる者がいるのだが、あいにく彼にはそのような能力は備わっていなかった。 いや正確に言えば、彼はその手の経典を読むには読んだのだが、ほとんど興味を示さなかったので身につかなかったのと、能力的に適正を持ち合わせていなかったのである。 一つため息をついてから、彼は周囲を見回した。 大陸を縦に貫く聖地への巡礼街道とはいえ、これから冬本番を迎える一番厳しい季節である。 長らく続く戦乱も手伝ってか、俗世と聖地とをつなぐこの道に、彼以外の人影はまったく見当たらない。 誰かに話を聞こうにも、当の人間が見つからなくてはどうしようもない。 疲れた頭で物事を考えても、良い考えが浮かぶはずがない。 そう思い直してから、彼はとりあえず身体を休める場所を探した。 ※ 二つの大国による終わりの見えない争いは、人々の心さえも荒んだ物にしてしまったらしい。 ようやくみつけた街道の脇に設けられた休息所はどうやらもう長いこと使われていないらしかった。 建物自体ひどく荒れ果てており、床や屋根は所々剥がれ落ちている。 壁にはところどころ穴が開き、窓のガラスも割れていて、風雨が中に吹き込んでくるような状態だった。 しかし、背に腹は変えられない。 彼は廃墟と化した休息所に足を踏み入れ、肩にかけていた大きく重い鞄を下ろす。 目深に
遠目に見て、楽しげに談笑している男女の姿に、彼女は両の手を固く握りしめた。そしてじっとその様子を凝視する。「何を見ておられるのですか、陛下?」薄暗い室内に響く陰鬱な声に、ルウツ皇帝メアリ・ルウツはゆっくりと振り向いた。妹姫ミレダと容姿はよく似ているのだが、緩く波打った長い赤茶色の髪は美しく結い上げられ、整った顔に輝く青緑の瞳は怒りを孕んでぎらぎらと異様な光をおびている。思いもかけないその様相に、来訪者である宰相マリス侯は言葉を失った。窓際にたたずんでいたメアリは、いささか乱暴に窓にかかったぶ厚いカーテンをひくと、険のある声で開口一番こう言った。「まだあの者はみつからないの?」その言葉の端々からにじみ出ている憤りと怒りを感じ、マリス侯は恐縮したように頭を垂れる。その半白の頭の上を、怒気を含んだメアリの声が通過していく。「正当な大陸の統治者。大帝ロジュア・ルウツの紛うことなき子孫。そんなのは所詮、意味を成さない肩書きにすぎないのね。良くわかったわ」言いながらメアリはビロード貼りの豪奢な椅子に腰をおろし、卓の上に肘を付き両の手を組む。そして形のよいあごをその上に乗せた。そして、宝石のような瞳で上目遣いに宰相を見つめる。「加えてルウツ皇帝の証である、代々受け継がれてきた印璽(いんじ)すらその手にできない。表向き皇国の実権を握っているというそなたにも、なんの手立てすらない。これは一体、どういうことかしら?」辛辣な言葉に、マリス侯はさらに深く頭を下げる。そして慎重に言葉を選びながら告げた。「申し開きの次第もございません。我々も配下を各地に配し、陛下のご所望のものをできる限り早急に発見できるよう尽力しております。なれど、陛下……」ふと言葉を切り、マリス侯はわずかに頭を上げる。美しい皇帝は、予想外のその行動にわずかに首をかしげる。そして先を続けるよう促した。「恐れながら陛下は不可侵の御身。今世界は千
ミレダが咄嗟に口に出したペドロという人物は、おそらくあの人のお目付役的な存在なのだろう。ミレダの命を受け、前触れもなく旅立ってしまったあの人との間を取り持っているのいるに違いない。恐らくこれから語られることは、いち下級貴族のユノーは本来聞くのをはばかられることなのかもしれない。それくらいのことは、いかに鈍いと自覚しているユノーにも察することができた。それを口にすることもできず、不安げにユノーはミレダを見つめる。彼の視線に気づいたミレダは、ふっと微笑んだ。そして、今さら気にすることもないだろう、と真面目くさって言う。それならば、と剣を収め姿勢を正すユノーに、ミレダは改めて状況を説明する。「この手紙はゲッセン伯領に入る直前にペドロが奴から受け取ったらしいんだが、その直後に見失ったそうだ。以来手を尽くしても、まだ奴が見つかったとの連絡がない」ミレダの言葉を受けて、ユノーは頭の中で大陸の地図を思い描く。ゲッセン伯はルウツ開びゃく以来の重臣で、白の隊を率いる武門の家柄だ。伯爵家とはいえその勢力は群を抜いており、皇都近辺の他にも各地に支配領を持っている。そんな中でも、確か……。「巡礼街道沿いですと、旧街道と新街道が分かれる辺りですね、確か」何気ないユノーの言葉に、ミレダの美しい顔はすっと青ざめ、表情はみるみる強張っていく。「まさか旧街道を行ったんじゃないだろうな? あちらは国境に接している分、エドナの目が近い……」けれど、自らに苦行を課そうとしている今の奴ならやりかねない。もどかしさを感じているのだろうか、ミレダはきっと唇を噛む。果たしてあの人が戦場に身を置いている間も、この人はこうして遠く離れた空の下でじっと待ち続けていたのだろう。断ち切れない両者の絆を感じ、そしてミレダの心痛を察し、ユノーは目を伏せわずかにうつむく。表には出さずとも打ちひしがれているであろ
背後からの険のあるミレダの声を受けて、ユノーは目の前に立つ人をまじまじと見つめる。 そして、ようやくある人物のことを思い出した。 皇帝姉妹と従兄弟の関係にある人物、フリッツ公イディオット。 やんごとない血を引いているにもかかわらず、その人の評判はかんばしくはなかった。 美術を始めとする芸術に傾倒し、父親の跡を継ぎ貴族議員の資格を得たものの、議会に出たことは一度もない。つまりは政には一切関わっていない。 気まぐれに宮廷に姿を見せたと思えば、歴代の皇帝が集めた書物を納めた書庫に篭り、日がな一日読書をしているような人物で、親譲りの愚昧公と陰口を叩かれている始末である。 そのせいか、ミレダの口調はいつになく鋭く厳しい。 鋭くその顔をにらみつけると、視線そのままの厳しい口調でこう言い放った。 「私達は、従兄殿と違って遊んでる時間がないんだ。用がないなら邪魔しないでくれないか?」 「かと言って、ぶっ通しでやっていても効率が良いとは言えないのでは? そうは思いませんか? ええと……」 穏やかな光を宿した瞳が自分に向けられていることに気がついて、ユノーはあわててその場にひざまずく。 次いで頭を深く垂れた。 「申し遅れました。蒼の隊の一員として皇帝陛下にお仕えしております、ユノー・ロンダートと申します。公爵閣下のご尊顔を拝し、光栄に存じます」 「『一員』じゃなくて、『司令官』だろう? お前は相変わらずだな。それに、こんな奴にそこまでかしこまらなくてもいい」 やれやれとでも言うようなミレダの言葉に、ユノーは驚いて顔を上げた。 仮にも従兄という人物に対して、あまりの言い様だと思ったからだ。 豆鉄砲を食らった鳩のように水色の瞳を丸くするユノーに、フリッツ公爵は柔らかく微笑む。 「気にすることはありませんよ。私はルウツ皇室に連なる厄介者ですから」 どうやら公爵は、自らにまつわる良からぬ噂を聞き及んでいるようだ。 だか、ユノーは反射的に首を左右に振る。 「いえ、そのようなことは決して……。小官の方こそ、陛下にお仕えするにはあまりにも至らぬ身でありながら、このような重責を……」 だが、ミレダは容赦なくぴしゃりと言い放つ。 「努力しているだけお前は立派だ。可能性を手放してしまった誰かとは大違いだ。卑下するな」 申し訳ありません、とさらにかしこまるユノー
失った物の大きさは、失ってから初めてわかる。 木枯らしが吹き周囲を取り巻く風景が色を失い白黒に変わる頃、ユノー・ロンダートはその思いを強くしていた。 皇都を包む冬の冷え切った空気が、経験浅い彼に冷静な判断力を取り戻させていた。 『無紋の勇者』と讃えられ、絶対の信頼を集めていたあの人が姿を消してからどれくらいの日々が経っただろうか。 事実を突然目前に突き付けられ、言われるがままに常勝軍団『蒼の隊』を引き継いだ彼だったが、日が経つにつれて自らの行為を後悔していた。 どう考えてみても、自分にはあの人のような実力も実績も人望も無い。 周囲からのそんな声は、どんなに耳をふさいでも聞こえてくる。だが、それを一番理解していたのは、他ならないユノー自身だった。 ──オレ達は捨てられたんだ。なあ、坊ちゃん、そう思わないか?── 直後に蒼の隊の副将に任ぜられたロー・シグマは、真実を知らされると酒で満たされた杯を勢い良く煽るなりそう言い捨てた。 そして、ユノーもそれに返す言葉を持たなかった。 家柄は、貴族とはいえ掃いて捨てるほどある下級騎士。 軍歴はと言えば、初陣を生き残っただけのひよっ子以下。 そんな自分に、歴戦の猛者達が命を委ねるはずがない。 不敗の勇者という最大の砦を失った今、ルウツ皇国の実情を知る者達は何事も起こらぬよう祈りつつ、凍てついた冬そのままに息を潜めていた。 そんな中ユノーは、安息日を除いてほぼ毎日、様々な思惑の坩堝(るつぼ)である皇宮に足を運んでいた。 皇帝近侍の『朱の隊』が使う、皇宮内の練兵場に。 「遅いぞ! 一体どこで油を売っていたんだ?」 鋭い女性の声が、ユノーの耳朶(じだ)を打った。 これもいつものことである。 殿下の剣のお相手を勤めるのは名誉あることだが、
「将軍、聞いているのか?」 ついに大公はしびれを切らしたようだ。 乱暴に椅子を蹴り立ち上がると、やり場のない怒りを表すかのように荒々しく両の腕を眼前に振り下ろした。 そして、先程から彫像のように身じろぎ一つせずひざまずいたままのロンドベルトを、ぎらぎらと光る瞳で見下ろす。 なるほど、結局この人はこの程度の人物かか。 言うなればあの大臣と同じく、権力こそ至高と信じて止まない愚か者。 似たもの通し、さぞや大臣と話があうだろうな。 内心そんな不敬なことを思いつつ薄笑いを浮かべて、ロンドベルトは今一度深く頭を垂れながら言った。 「では申し上げます。私は殿下と同じ物を見てきた。そう思っております」 「……同じ物、だと?」 どうやらロンドベルトの返答は、大公の想定外の物だったらしい。 わずかに首をかしげると、大公は腰に手を当てる。 白黒の判断を下しかねているその視線を痛いほど感じながら、ロンドベルトは静かに告げた。 「戦いのない、平和な世界でございます。すなわちそれは……」 「統一された大陸……」 「御意」 ロンドベルトは 短くそう答えたが、嘘はついていない。 実際、ロンドベルトは自らの運命を翻弄した戦を憎んでいた。 戦という存在を、この世から葬り去りたいと思っていた。 『大陸の覇権』とやらが誰かの手に収まれば、それを巡る争いは終わる。 問題はそれを手にするのは誰か、ということである。 ロンドベルトは、今その点に関しては言及していない。 極端なことを言ってしまえば、ルウツ皇帝がそれを手にしても構わないし、あるいは全くうかがい知れない第三者でも良いのである。 大公から、お前は統一された世界を望むのかと問いかけられたので、『是』と答